どうしてオレの好きな人はみんな不幸なのだろうか

「どうしてオレの好きな人はみんな不幸なのだろうか」とは、安達哲初期に残した不朽の名作『さくらの唄』の主人公・市ノ瀬利彦の漫画中での心理描写であるが、これは多くの人間が一度は感じると思われる感情である一方で、なかなか口にするのは難しい言葉だ。 つまりこの言葉は、好きな人たちには「あなたたちは不幸です」というレッテルを貼り付けることになるし、仮に不幸でないと評価したならば、「じゃあ、わたしのことは好きじゃないんですね」というように捉えられかねない。要するに「口に出しちゃあマズイ言葉」なんであるが、たまにこういう気持ちを抱くときがある。


 嫌いな人間の不幸なら何とも思わないし、自分の不幸なら笑おうが歯を食いしばろうが耐えればそれですむ。だけど、好意をもつ相手にとっての不幸はいかんともしがたく、これがいちばんツライ。眼をそらすのも直視するのもツライが、どうせなら不幸を共有することで痛みを分散させてやりたいとも思ったりする。しかし、他人の傷はどこまでいっても他人の傷でしかない。自らの善意が「単なる覗き趣味」に堕していないという保証もどこにもない。くるしいところだが、岡本太郎の言うように「人生は自分自身で決意し、切り開くしかない」のだ。

 
 ああ、世の中というのは残酷なまでに自由だなあ。

とりとめのない雑記

なぜか中学生の頃に好きだった女の子が夢に出てきた。その子も自分のことが好きだったけど、結局つきあうことはなかった。夢の中で、その子といろいろな事を何時間も話したようなきがするんだけど、自分をみて笑っていたこと以外は何も思い出せない。それぞれ違う高校に行って、それ以来、まったく会っていないし、どこで何をしているかも知らない。でも、もう会うこともないその子も、きっと大切な誰かがいて、今もどこかの空の下で暮らしているということは、考えてみればごく当たり前のことなんだけど、ときどきそれがとても不思議に思える。
 人が誰かのことを思い出すというのは、ほとんど偶然の出来事だと思う。ふと何かのきっかけで、人生の中で一瞬しか出会わなかった名も知らぬ人や、もう二度と会うこともないだろう人、そしてきっと会ってもわからないだろう人のことを思い出す。なぜか出会いがしらに罵られた人、何処だったかも思い出せない海で釣りをしたときに話したおっさん、喧嘩別れをしてもう会わないと決めた人、別れた人を思い出す。そして思い出すたびに、必ず考える。今日、自分が誰かを思い出したように、誰かも自分を思い出したりするのだろうか。誰かが名前を口にすることもあるのだろうか。

 それはもちろん思い出した人にしかわからない。そして、それはとても不思議なことだと思う。


今日の一曲:eels / selective memory

ラブデリックについて

 最近まったく覗いていなかったんだけど、つい先月、ラブデリックが正式に解散していた。ラブデリックというのは、知る人ぞ知る名作『moon』というゲームを世に送り出した偉才ゲームクリエイター集団で、もう数年前から実際には活動していなかった。でも今回正式に解散するということで、ホームページまでクローズされていて少なからずショックを受けた。
 『moon』というゲームは所謂RPGなんだけど、主人公は勇者じゃない。ばったばったと敵をやっつけたりしない。最後のボスもいない。勇者に殺されたモンスターのソウルを救ったり、誰かを助けたりすることで、ラブを集めるというイカしたゲームだ。もちろん人の家に入ってタンスを漁ろうものなら怒られる。「勇者みたいなことはやめて!」ってな感じで(笑)。
 自分はこのゲームのコンセプトが本当に好きだった。音楽も素晴らしくて、コンプリート版サントラはなんと三枚組!やっていた当時は気付かなかったんだけど、何気にTUCKERとかキップソンとかアマゾンの原住民とかレッチリのフリーとか凄いメンツが参加している。いまではオークションで4〜5万はするそうですね。もちろん持ってるぜ!(すんません、ただの自慢です)
 もうテレビもゲームもない生活になって結構たつけど、やっぱり好きだったものが無くなるのは寂しいんだよ。でもカタチあるものはすべていつか必ずその姿を変えていくワケです。もうこれからの人生、ゲームをすることもないだろうけど、『moon』には生き方に影響を与えるほどの何かをもらった気がします。関係者諸君の、これからの活躍を祈る。


今日の一曲:セロニアス・モンキーズ「I kept my promise to you」

人は死ぬ(メメント・モリ)。

 親戚のおばあちゃんが死んだ。心不全だったらしい。今日は、何ヶ月かぶりに携帯を家に置き忘れて出かけていた。めずらしいことだし、そんな日も良いもんだと思って、取りに戻らず、夜になってアパートに帰ってきたら、実家からの不在着信が三件も。「どうせ大した用事じゃないだろうに(笑)」と思って、電話を掛け直してみたらこれだよ。
 これで、自分が「おじいちゃん」と呼べる人も「おばあちゃん」と呼べる人も、すべて死んじゃった。よく人は、死ぬことを「亡くなった」って言うけれど、個人的にはあまり好きな言葉じゃない。「死ぬ」ってことは極めて自然なことなのに、それを正面から受け止めようとしていない印象をこの言葉から感じるから。「あの世」っていうものの存在もしかり。死ぬのが怖くてしかたがないから、人間が考え出したものとしか思えない。例え、認めたくない現実があっても、眼を背けたい光景がそこにあっても、それを正面から受け止めるつもりでここまで生きてきたし、これからもその考えは変わらないと思う。だから、自分は特定の宗教を信じたくないし、信じるつもりもない。
 生物学的な話をすれば、体細胞の分裂回数には上限があって、すべての高等生物には寿命がある。細胞の寿命を決めるのは、染色体の両端にある「テロメア」と呼ばれるDNA配列だと考えられていて、細胞分裂のたびにこの領域が短くなり、最後には寿命を迎えるってわけなので、癌細胞にでもならないかぎり、生物は死をまぬがれえない。でも、それでいいよね。
 生物が死んで、この世界から無くなるのは自分の「自我」だけだ。人間は誰しもがそうだけれど、完全な無から生まれた訳じゃない。地球という大きな自然の摂理の中で、たまたま生命が自分という形をとったに過ぎない。「私」という個人の死によって、いわば「私にとっての世界」は終わりを告げる。それは残念なことかもしれないけど、その人間は子孫という形で自らの分身を残しているかもしれないし、誰かと関わり合うことによって多大な影響を他者に与えているかもしれない(「ミーム」に近いもの?)。実際に自分は、このおばあちゃんから沢山のものを得たといえる。
 現代では、「個人」というものが過度に強調されているきらいがあるけれど、物質としての人間だろうがその自我だろうが、すべては「他」との関係の中にしか存在しない。(さらにいえば、ルドルフ・シェーンハイマーが発見したように、「生命」を分子や原子のレベルで見れば、身体は数日間のうちに入れ換わっており、そこには流れだけがあって、「実体」と呼べるものは存在しないそうだ。)だからもし、個人としての死が訪れたとしても、それが自然なものであるかぎり、悲しむべきことじゃない。自分の子孫や「情報としての遺伝子」を残して、しかも一個の人間から解放されるなんて、考えてみれば素晴らしいことだ!
 そう考えると、人間は火葬すべきではないと思う。少なくとも、それが自然な姿だと思う。できれば、自分が死んだときには、山の中にでも埋めて、生命の循環の中にまた戻してほしい。自分の身体を、バクテリアが分解したり、それを養分に草木が育ったり、はたまた他の動物の餌になるってのも、けっこう楽しそうだし。身体の70%を占める水分は、海まで流れて世界中を旅するかもしれないし、恵みの雨に変わるかもしれない(!)。まぁ、日本は狭いし、法律で禁じられてるから無理だけど、死んだからって、いきなり骨にしなくてもねぇ。と思う。
 なんか訃報を受け取ったときには動揺したけれど、自分の気持ちや考えを文章にタイプしていたら、自然と心が落ち着いてきた。明日が通夜らしいので、とりあえず実家に帰ろう。今はこんなに冷静な気持ちに戻ったけれど、通夜とか葬式に行ったら、きっと泣けるんだろうなぁ。それにしても、今死ぬべきひとじゃなかったよ。ていうか、早過ぎるよ。まだまだ生きていてくれると思ってたから、最後にもらった小遣いも使っちゃったじゃん!考えてみれば、聞いてほしくて話してなかったこととか、聞いておきたかったこととか、たくさんあったなぁ。正月に会ったときに、おばあちゃんの手、握っておけばよかったなぁ...。まぁ、それもこれも今日、永遠に不可能になっちゃったわけだね。寂しいけれど、でも「死なないでいる理由」じゃなくて「生きていく理由」が、またひとつ増えたような気がするよ。どうもありがとう。そして、さようなら。バイバイ。永遠に。


今日の一曲:大貫妙子「The River Place(川の流れのように)」(おばあちゃんに)

 

秋の夜長に。

 気づいたらフジロック更新どころか、二ヶ月たってたよ。夏はまったく更新しなかったけど、アップしてないだけという日もあるので、時間を見つけて過去の分も乗せようかしら。そういえば、今日は高校時代の後輩に出くわした。大学四年で就職も決まって、後は卒業まで色んなことできるらしくて、うらやましったらありゃしない!!夏もいつのまにか終わっちゃったけど、秋は秋でいいもんだね。さんま食いてー。ビール飲みてー。今週末は、神宮外苑オクトーバーフェストに行ってくるぞ!


 今日の一曲:SPECIAL OTHERSUNKLE JOHN」

フジロックに行ってきます。

 ずいぶんとまともな日記を更新してないけど、いきなり「明日からフジロックに行ってきます」宣言。ポーグスめちゃくちゃ楽しみ(←丸でボキャブラリーの無い小学生状態)!
 ところで、今日久しぶりに菊地成孔のホームページ(日記)を見たら、「調整が不十分でダーティー・ダズンに負け、僕の言葉が受け売りの受け売りであることがバレ、ファンを馬鹿にしている事が露呈してしまったため」という理由(もちろんそうじゃないだろうけど・笑)で、何と日記公開休止宣言が!!頻繁にチェックしていたわけではなかったけど、毒舌ぶりがとても面白かったので残念…。今度久しぶりにライブを観に行こうかな。何にしても、これからも色々と面白いもの見せてくれることを期待してます。


今日の一曲:DCPRG「Mirror Balls(泣きたくなるほど安っぽい話)」

NATSUMEN/アルタードステイツ/ロレッタセコハン@渋谷O-NEST

[NATSUMENのセットリスト]
1.ATAMI FREE ZONE
2.SEPTEMUJINA
3.PILLS TO KILL MA AUGUST
4.Whole lotta summer
5.SONATA OF SUMMER
6.NATSU NO MUJINA


今日の一曲:ロレッタセコハンジェシカ・ザ・ストリッパー」