どうしてオレの好きな人はみんな不幸なのだろうか

「どうしてオレの好きな人はみんな不幸なのだろうか」とは、安達哲初期に残した不朽の名作『さくらの唄』の主人公・市ノ瀬利彦の漫画中での心理描写であるが、これは多くの人間が一度は感じると思われる感情である一方で、なかなか口にするのは難しい言葉だ。 つまりこの言葉は、好きな人たちには「あなたたちは不幸です」というレッテルを貼り付けることになるし、仮に不幸でないと評価したならば、「じゃあ、わたしのことは好きじゃないんですね」というように捉えられかねない。要するに「口に出しちゃあマズイ言葉」なんであるが、たまにこういう気持ちを抱くときがある。


 嫌いな人間の不幸なら何とも思わないし、自分の不幸なら笑おうが歯を食いしばろうが耐えればそれですむ。だけど、好意をもつ相手にとっての不幸はいかんともしがたく、これがいちばんツライ。眼をそらすのも直視するのもツライが、どうせなら不幸を共有することで痛みを分散させてやりたいとも思ったりする。しかし、他人の傷はどこまでいっても他人の傷でしかない。自らの善意が「単なる覗き趣味」に堕していないという保証もどこにもない。くるしいところだが、岡本太郎の言うように「人生は自分自身で決意し、切り開くしかない」のだ。

 
 ああ、世の中というのは残酷なまでに自由だなあ。